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  • 2017.07.03 Monday
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『天上階序論』−天使の階級(ヒエラルキー [ hierarchie :ドイツ語 ] 論の原著作者:黄金伝説にも記されたパリの聖ディオニシウス(サン・ドニ)・アレオパギタ 殉教録



パリの聖ディオニシウス(ドニ)
X AD96(祝日10月9日)
F.Denis de Paris L Dionysius Parisiensis.


 ★ 主イエズス・キリストのご受難の日(十字架刑)、暗闇が、全地上を覆った時の文献は、中段にあります。

 [伝記]
 初代のパリ司教。
 ローマ教皇聖クレメンスは、聖ディオニシウスをフランス(ガリア)に派遺し、96年頃パリで殉教した。
 ジャン・ド・ロノア(17世紀)によれば、聖ディオニシウスは、聖パウロから受洗してアテネの初代司教となり、のち
 「パウロは、彼らの中から去ったが、彼につき従って信仰を得た人々もあった。その中にアレオパゴのディオニシオ、ダマリスという婦人、その他の人々もあった。 ― 使徒行伝17:33 ― 」
 にみられる聖ディオニシウス・アレオパギタは、アテネからガリアに赴き、初代パリ司教となり、司祭ルスティクスと助祭エレウテリウスとともにモンマルトルで殉教したと信じられている。
 聖パウロから授洗しているから殉教年が、AD250年とするのは間違いか、3世紀中頃ファビアヌス教皇により、ガリア布教のために派遣された同名の司教と混同していると考えられる。

 ローマ皇帝への忠誠を怠ったかどで司祭と助祭の2人、聖ルスティクスと聖エレウテリウスと共に、生皮剥ぎ,鉄灸あぶり,野獣の餌食,釜ゆでなどの拷問を受け、いずれも耐えたので牢へ戻された。
 同夜、キリストが現われ、彼に聖体を拝領させた。ついに彼は、剣により、2人の弟子は、斧によって斬首された。
 処刑の直後、聖ディオニシウスは、立って、自分の首を手に殉教の場モンマルトル:殉教者の丘から彼の墓の場所まで3マイルを歩いたと伝えられている。
 のちに、彼の遺骨は現在の聖ドニ大修道院聖堂へ移された。
 中世のフランスでは、聖ディオニシウス(ドニ)は、フランス王国の守護聖人として崇敬され、その名にちなむサン・ドニ修道院は、王家の墓所として重視されていた。十四救難聖人の一人。


 聖人の名前にあやかって著作されたと思われる天使の階級( ヒエラルキー [ hierarchie:ドイツ語 ] )論 は、正真正銘本物だった!
 偽ディオニシウス・アレオパギタ:Pseudodionysius Areopagita:10〜11c、ギリシャのプラトン主義哲学者の著 『天上階序論』(330年頃)の図式は、12〜3世紀のスコラ哲学派の聖ボナヴェントゥーラ・ダ・バニョレージョ「セラフィムのごとき」や聖トマス・アクィナス「天使的博士」、ヨハンネス・エックハルトらによって洗練された。
 しかし、聖ディオニシウス・アレオパギタ本人のギリシャ語著作物であることは、黄金伝説からも裏付けられている。
 このことから、改革者やプロテスタント側のご都合による批判から(偽)とされていたが、歴史的見直しが、必要と判断する。
 つまり、 “ 聖人の名前にあやかって著作された ” のではなく、≪ 聖人ご本人の著作物である ≫ と信用するに充分足りると言うことが証明できる。




黄金伝説に記された聖ディオニシウス・アレオパギタ殉教録


 聖ディオニシウスは、聖ペテロと聖パウロが、ローマで皇帝ネロに捕らえられ、牢獄に入れられたと知ると、司教区を別の司教に委譲し、二人に会うためローマへ出かけた。両使徒が、主のみもとに旅立ち(AD64〜68頃殉教)、その後、聖クレメンスがローマ教皇になると、聖クレメンスは、しばらくしてから聖ルスティクスと聖エレウテリウスを聖ディオニシウスに同行させてフランス(ガリア)に派遣した。
 ここからパリの聖ディオニシウス(フランス名;サン=ドニ)の事跡が語られる。

 彼は、パリに着くと多くの人々を回心させ、キリスト教信者とし、たくさんの教会を建て、さまざまな品級の聖職者たちを叙品した。神の恩寵の光が、彼の五体から輝いていることは、だれの眼にもはっきりとわかった。
 たびたびあった事件に偽神の神官たちは、民衆を煽動して彼らに反乱を起こさせ、武器を手に大挙して押し寄せて来たまではよかったが、聖ディオニシウスの顔を見るやいなや誰もみな借りて来た猫のようにおとなしくなり、彼の足もとに跪くか、怖ろしくなって一目散に逃げ出すのがおちだった。

 そのため、キリスト教の信者が増え、悪魔の領分が日一日と狭くなった。教会が凱歌を奏でるのを見て悪魔は、猛烈な嫉妬にかられた。そこで、皇帝ドミティアヌスの胸に憤怒の炎を焚きつけ、

 「キリスト教徒を見つけ次第、力ずくで神々に供香させ、それでも応じなければ厳しい拷問にかけて殺してしまえ」

 と、言う命令を出させた。

 ガリアの地も長官フェスケニヌスが、キリスト教徒掃討のためにローマからパリに派遣された。
 フェスケニヌスは、人びとに教えを説いている聖ディオニシウスを見つけるやすぐさま捕らえて、拳(こぶし)でめった打ちさせた。聖ディオニシウスは、顔につばを吐きかけられ、さんざんあざけられたうえ、丈夫な皮ひもで縛り上げられ、聖ルスティクスおよび、聖エレウテリウスの両聖人ともども長官の前に引き出された。
 聖人たちは、毅然としてキリストに対する信仰を告白してはばからなかった。その時、観衆の中から、ひとりの身分の高い婦人がすすみ出て、

 「わたしの夫ルビウスはこのけしからぬ魔術師どもに誘惑されたのです」

 と、訴えた。
 彼女の夫は、既に逮捕され、少しも屈しないまま信仰を守り続けたためすぐその場で処刑された。聖人たちは、12人の兵士たちに笞(むち)で打たれた後、重い鎖で縛られ、牢に入れられた。
 翌日、聖ディオニシウスは、鉄の火格子のうえに裸で寝かされ、その下には火が炎々と燃えさかっていた。彼は、主を讃(たた)えて、

 「あなたの約束は、まことに確かです。あなたのしもべは、これを愛します」(詩篇119:140)と、歌った。

 次に、人びとは、彼を火の中から引きずり出して、長いあいだ餌を与えないで飢えさせておいた猛獣どもの前に投げ出した。獣どもは、猛然と襲いかかろうとしたが、聖人が猛獣に向って十字を切るとたちまちおとなしく静かになった。
 今度は、大きな炉の中に投げ込まれたが、火はすぐに消え失せ火傷(やけど)もしなかった。
 その次は、十字架に打ちつけられ、長い間大きな苦しみを受けた。
 やがて十字架から降ろされ、処刑の前晩、仲間の聖人たちや多くの信者たちと一緒に牢に寝かされた。彼は、それでも立って信者たちのためにミサ聖祭をあげ、聖体をさずけようとした。
 その時、主イエズスが、ホスチアを手に持って光とともに現われ、

 「わたしの愛子(いとしご)よ、これを受けなさい。あなたが受ける最大の報酬は、わたしのもとにあるのですから」

 と、言った。
 翌朝、聖人たちは、長官の前に引き出され、新たな拷問を加えられたのち、メルクリウスの柱像のそばで至聖三位一体に対する信仰を告白しながら3人そろって斧で首を落とされた。
 すると、聖ディオニシウスの首のない体は、毅然と立ち上がって自分の首を両手にかかえ、一位の天使に導かれ、天上の光に包まれて3マイルの道のりを歩いて行った。

 今日≪モンマルトル:殉教の丘≫と呼ばれているところから彼が自ら選び、神の思し召しによって今も安らっている場所まで歩いて行ったとされる。

 この時、天使たちの妙なる歌声が聞こえた。これを聞いた多くの人々は、信仰にめざめた。先に述べたルビウスの妻ラエルティアも、

 「わたしはキリストを信じます。」

 と、おおやけに叫んだ。彼女は、その場で異教徒どもに首を刎(は)ねられ、自らの血による“血の洗礼”を受けた。聖女の息子ウィルビウスは、ローマへ行き、3人の皇帝の元で兵役に服した後、パリに戻り、受洗して修道士となった。

 ところで、異教徒たちは、キリスト教徒が聖ルスティクスと聖エレウテリウスの遺体を埋葬するのではないかと心配して遺体をセカナ川−セーヌ川の古名−に投げこむように命じた。
 しかし、心ある貴族の婦人が、人夫たちを食事に招き、彼らが食事をしている隙に聖人たちの遺体を盗み出し、自分の地所の中にこっそり埋葬させた。時が過ぎ、キリスト教徒迫害の嵐がおさまると遺骸を掘り出して聖ディオニシウスのかたわらに安置した。

 この三聖人が殉教したのは、主の紀元96年、ドミティアヌス帝の頃だった。聖ディオニシウスは、享年90歳だった。

 聖パウロが殉教した年代が、AD64〜68年とされるから、聖ディオニシウスと聖パウロの出会い及び12年間共にした後、聖ディオニシウスの年齢を約30〜60歳と予想すれば、前後のズレを考えてもおおよそ、AD94〜128年の間に殉教したと充分考えられる。AD250年と言うのは考えられない。同名別人だろうことは明らかと言える。


 AD520年頃に書かれた最も古い殉教録によると、聖ディオニシウスは、≪使徒たちの一後継者≫:教皇のことで、黄金伝説では、クレメンス祇ぁ櫃砲茲辰謄襯好謄クス、エレウテリウスと共にパリへ宣教のため派遣され、初代パリ司教となり、そこで殉教し、パリの町はずれ約5キロのところ:サン=ドニに葬られた。
 その墓の上に建てられた教会と数々の奇蹟については、既にトゥールのグレゴリウスが、『フランク史』やその他に書いている。

 但し、グレゴリウスは、ディオニシウスを250年教皇ファビアヌスによってローマからガリアへ派遣された7人の司教のひとりとしている。ところが、約9世紀初期の記録にあるようにこの250年に派遣された同名司教ディオニシウスと初代パリ司教聖ディオニュシウス・アレオパギタとの結合がおこなわれたと考えられる。



 827年、聖ディオニシウス・アレオパギタの諸著作、いわゆる『偽ディオニュシウス文書』が、サン・ドニにもたらされて聖ディオニシウス崇敬の新時代がはじまった。
 フランスで発祥したこの崇敬は、それ以来、オリエントにまで伝播し、聖パウロの弟子は、ようやく故郷に凱旋する。
 聖ディオニシウス・アレオパギタは、フランスの守護聖人のひとりでまた、十四救難聖人:危急のさい聖人の名を呼んでとりなしの代願を求める聖人のひとりでもある。
 祝日は10月9日、聖ルスティクスは、司祭、聖エレウテリウスは、助祭であったと言う。共に聖人で聖ディオニシウスと同じく祝日は10月9日。しかし、現在では、聖列から外されていると言う−おかしい。

 サン・ドニ修道院聖堂入口のテュンパヌム(タンパン)の浮彫りには、三聖人の殉教譚が描かれている。


 司教聖レグルス:フランス名−リュウル、聖人。祝日3月30日 or 4月23日。
 9世紀以降に書かれた幾つかの伝説的な記録があり、それによると、パリの北北東50キロ、静かな森にかこまれた古い保養地となっているサンリスの初代司教とされる。
 歴史的根拠のない別の記録では、聖ディオニシウスと同じく教皇クレメンス祇い砲茲辰謄リアに派遺されたとなっていることもあれば、もとアルルの司教であったと書かれていることもある。あるいは、もっと後代のデキウス帝、または、ディオクレティアヌス帝時代の人だとしている記録もある。

 ある時、アルルの町では、司教聖レグルスが、ミサ聖祭をとりおこなっていた。彼は、ミサ典文の中の使徒たちの名前を読みあげた後に、

 「おんみの聖なる殉教者ディオニシウス、ルスティクスおよび、エレウテリウスともども」

 と、付け加えた。
 聖レグルス司教は、そう唱え終えてから、典文にない三聖人の名前を無意識に付け加えたことに我ながらびっくりした。
 と、言うのも彼は、この3人の神の僕たちは、まだ生きているものとばかり思っていたからである。しかし、その驚きが納まらないうちに三羽の鳩が現われて祭壇の十字架の上に留まった。鳩の胸には、殉教した三人の名前が血で書かれていた。
 聖レグルスは、瞳(ひとみ)を凝らして鳩たちの姿を見つめているうちに三聖人たちが既に殉教したことを知った。そして、ここに語られる三羽の鳩の奇蹟は、サン=ドニ聖堂のステンドグラスのメダイヨンに描かれている。


 聖ディオニシウスは、信仰の道に入る前、異名を幾つか持っていた。
 住んでいた町の地区名にちなんでアレオパギタと呼ばれ、≪神を知る人≫の意味でテオソポスとも呼ばれた。
 また、ギリシアの学者たちからは、今日に至るまで彼が、地上の知恵の翼で天にまで飛翔したことから≪天の翼≫という意味のプテリュギオン・トウ・オウラノウと呼ばれる。

 ≪至福の人≫という意味でマカリオスとも呼ばれた。
 彼の故国の名にちなんでイオニコスとも呼ばれた。イオニコスは、≪イオニアの(人)≫の意味でイオニアは、小アジア海岸部の一部とエーゲ海東部の島々とからなる古代の地域をさす。紀元前1,000年頃からギリシア人の植民がおこなわれ、12の都市国家を建設、芸術や哲学が栄え、詩人ホメロス、哲学者タレス、アナクシマンドロス、アナクシメネス、ピュタゴラスなどを輩出した。その中で、アテネの植民が多かったことからイオニア人と言えば、アテネ人を指すようになった。
 11世紀、イタリアの事典編集者パピアスも書いているようにギリシア語のひとつは、イオニア語と言うし、イオニア様式円柱があり、二個の短音綴と二個の長音綴をもつ詩脚のことをイオニア韻脚と呼ぶ。パピアスのアルファべット配列聖書事典は、百科事典的な性格をそなえ、当時1世紀以上にわたって重宝された。

 聖ディオニシウスは、隠れたものを探し求めたから主を知る人であり、神を観想したから天の翼であり、永遠なるものを所有したから至福の人であり、イオニア人らしく雄弁であったから偉大な説教家であり、その説き明かしは教会をささえる柱であり、自分自身に対してへりくだって短く、隣人への愛の心は大きくて長かった。

 聖アウグスティヌスは、『神の国(第八巻)』で哲学学派のひとつにイオニア派があると言う。
 哲学者を二派に分けてひとつは、イタリア人学派であり、もうひとつは、イオニア人:ギリシア人学派である。聖ディオニシウスは、偉大な哲学者であったから哲学の分野からもイオニコスという名で呼ばれた。

 ランスの大司教ヒンクマルスによれば、彼の生涯と殉教をギリシア語で書かせたのは、コンスタンティノポリスのメトディオスで教皇聖庁の司書アナスタシウスが、ラテン語に訳したと述べている。
 司書アナスタシウスは、ローマ人(生年不明、没879年)で、847年、聖マルケルス:サン・マルチェロ教会の司祭枢機卿となる。
 西ローマ皇帝ルドウィクス鏡い伴蠅鬚爐垢咯ー蠅縫蹇璽泙鯲イ覆譟教皇レオ言いら破門された。レオ言い了犖紂△修慮綏兌圓箸覆辰織戰優妊クトゥス契ぁ憤855〜858)に反対して対立教皇となったが失敗。
 その後、復権、トラステーヴェレの聖マリア修道院院長、ローマ教会司書となり教会政治に影響力を与えた。ギリシア人修道士たちから教育を受けたため、ギリシア語文献の翻訳が多く、いずれも価値が高いとされる。
 いわゆる『ディオニュシウス・アレオパギタ殉教記』は、翻訳より訳述と言うべきで彼が、カール:シャルル禿頭(とくとう)王のために書いたものだとされる。

 聖ディオニシウス・アレオパギタは、使徒聖パウロによって回心させられ、洗礼を受けてキリスト信者となった。
 彼が、住んでいたアテネの町の一地区の名にちなんだアレオパギタとは、ギリシア語でアレイオパゴス、≪アレースの丘≫と言われ、かつてその場所に“アレースの神殿”があったとされる。
 アテネの人びとは、町の各地区に崇拝する神々の名をつけた。だから、アレースが拝されていた地区は、アレイオパゴスと名づけられた。アレースとは、ローマ神話のマルス:マーズ:軍神のこと。
 高津春繁氏の『 ギリシア・ローマ神話辞典 』によれば、アレイオパゴスは、アテネのアクロポリス北西にある標高115メートルの石灰岩小丘でアレースの神殿があったのではなく、その頂上においてアテネ最古の会議または、裁判のおこなわれた場所だった。
 海神ポセイドーンの子ハリロティオスを殺害した軍神アレースが、ここで最初に裁判を受けたことから名づけられたと言う。他には、パーンを崇拝する地区は、パノパゴスと呼ばれた。パーンは、ギリシア神話の牧人と家畜の神で上半身毛むくじゃらの人間、ひげを生やし、頭に角をもち、下半身は山羊、有蹄の足をもった姿で想像された:サテュロスとも言う。ギリシアの哲学者たちは、≪すべて、森羅万象≫を意味する pan と関連させて宇宙の神だと考えた。

 アレイオパゴスには、貴族の宮殿や七学芸の学校があったから町の中でも特に有名な地区だった。聖ディオニシウスが住んでいたのは、このアレイオパゴス地区だった。
 彼は、神のごとき力と知恵を豊かにそなえていたので“テオソポス ≪神の知者≫”という異名でも呼ばれた。彼の哲学の仲間アポロパネスもここに住んでいた。また、人間の幸福は肉体の快楽にあるとするエピクロス派や心の平静さの中に幸福を求めるストア派もいた。

 ≪ 「暗黒の三日間」 の雛形となる “ 暗闇 ” の文献 ≫
 さて、主のご受難の日、暗闇が全地上を覆った時、アテネの哲学者たちは、この暗闇が自然現象の結果であるとは考えられなかった。この暗闇は、自然の日蝕ではなかった。日蝕は、太陽と月が重なり合う時にだけ起こるものでこの時、月は太陽の軌道から離れていた。その日は、十五夜で月は、太陽からいちばん遠いところにあった。また、日蝕は、地上のすべての部分から光を奪うわけではなく、3時間も続かない。
 しかし、この日の暗闇は、地上のあらゆる場所から光をうばった。この出来事は、福音史家聖ルカが述べていることから明白で、
 「時刻は、すでに第6時(昼の12時)ごろであったが、太陽は光を失い、全地は暗くなって第9時(午後3時)におよんだ」(『ルカ聖福音書』23:44)。(他の共感福音書同一箇所も参照、『マタイ聖福音書』27:45,『マルコ聖福音書』15:33)。
 そしてまた、苦しみを受けられた方が全世界の主であったということからも明らかである。さらに、エジプトのへリオポリス,ローマ,ギリシア,小アジアでも観測されたことは、明白である。

 ローマで見られたことは、オロシウスの証言がある。オロシウスは、
 「主が十字架におかけられになったとき、大きな地震が全地に起こった、山々の岩は裂け、大きな町々もこの未曾有の震動のために方々で崩壊した。この日、太陽は、第6時からにわかに暗くなり夜の闇が地上に降りてきた。そのため、真昼間だというより怖ろしい夜だというのに全天の星が全て見えたほどであった」
 と、書いている。

 この暗闇は、エジプトでも見られた。聖ディオニシウスは、アポロパネスにあてた手紙の中でそれを回想している。この手紙は、≪偽ディオニシウス文書≫に含まれている手紙のひとつで聖ディオニシウスの友人である哲学者アポロパネスが、−実在の人物であるかどうかは未詳であるが−
 「わたしたちの師である。パウロさま」
 と、言う聖ディオニシウスの言葉からすると、アポロパネスものち、パウロによって回心してキリスト者となったのだろう。

 「全地は、一様に濃い闇に覆われました。しかし、わたしたちは、日輪が再び明るい姿を見せてからピリッポス・アルヒダイオス:当時の天文学者かとおもわれるが実在の人物かは未詳−の法則によって計算した結果、案の定、これが正規の日蝕でないと判断しました。そして、わたしは、あなたに質問しました。

 『偉大な学識の宝庫よ、これは、わたしたちのまだ知らない秘義です。知識の鏡であるアポロパネスよ、ここにどのような神秘があるとお考えですか』と。すると、あなたは、神のような口と精神をもって答えられました。『わが友ディオニシウスよ、これは、神的な事柄のなかに異変があったのです』と。その後、わたしたちの師であるパウロさまが忘れもしないその不思議な日蝕のあった年と日を説教の中ではっきりと告げられたことがありました。それで、よく調べてみた結果、すべてのことにおいて一致する事がわかりました。ようやくわたしは、真理と手を結び、誤謬の戒めから逃れることができました」と、聖ディオニシウスは、書いている。

 彼はまた、ポリュカルポスに宛てた手紙の中でもこのことに触れ、自分とアポロパネスが経験したことを書いている。

 「わたしたちふたりは、その当時ヘリオポリスにいて、不意に月が太陽の前に出たのを一緒に見てびっくりしました。なぜなら、月と太陽が重なり合う時期ではなかったからです。それから、夕方の第9時にもう一度月を見ましたが、この時、月は太陽から離れ、自然の法則に反して太陽と向かい合った位置に戻っていました。わたしたちが見たところでは、日蝕は、太陽の東側から始まり、西の端まで欠け進み、太陽が欠け始める場所と再び光が射してくる場所は、同じではなく反対の側でした。それから元の太陽に戻りました。」

 これは、聖ディオニシウスが、天文学を学ぶためアポロパネスと一緒にエジプトのヘリオポリスへ留学した頃に起こった。彼は、この後また、アテネに帰ってきた。

 この異常な日蝕:暗闇が、アジアでも見られたことは、エウセビオスが証言している。彼の『ギリシア人と異邦人の年代記』に彼は、異教徒たちの書物で読んだこととして、

 「小アジアの国ビテュニアでこの時、大地震が起こり、これまで見たこともないような日蝕があったと書いている。第6時に昼が暗い夜に変わり、空に星が見えた。しかし、ビテュニアの町ニカイアでは、地震のためにすべての家が倒壊した」
 と、その出来事を記している。



 『聖書物語』によると、

 「哲学者たちは、『宇宙の神がもだえているのだ』という見解を出した」

 と、別の個所では、

 「哲学者たちは、『自然の正常な秩序がくつがえったか、四大がわれわれをたぶらかしているのだ。あるいは、宇宙の神が苦しみ、四大がそれに同情しているのだ』と、言った」

 とも記され、また、

 「『われわれが不可解で怪しく思っているこの新しい夜は、真実の光が世界に到来することを告げている』と、ディオニシウスが言った。」

 とも記されている。

 そう言う理由でアテネの人々は、この神のために祭壇を設け、そこに≪知られざる神に≫という銘を刻んだ。
 と、言うのも祭壇には、必ずどの神に捧げるかを明記する慣わしになっていた。人びとが播祭(はんさい)や生贄(いけにえ)の動物を捧げようとすると聖ディオニシウスとアポロパネスは言った。

 「この神は、わたしたちの供物を必要とされません。祭壇の前に跪(ひざま)ずいて、祈りを捧げなさい。この神が喜ばれるのは、動物の生贄ではなく、魂(たましい)の信心なのです。」


 聖パウロが、アテネにやって来るとエピクロス派もストア派も、たちまち聖パウロとの論戦に熱中した。

 「このよく喋る男は、何を言わんとするのかさっぱり見えん」と、言う哲学者もあれば、

 「この男は、新しい偶像神を宣伝しているのだろう」と、言う者もあった。

 そこで彼らは、この新しい教義をじっくり検討しようと聖パウロを哲学者たちの住む町の一角に連れていって、

 「あなたは、われわれが、まだ耳にしたこともない教義を語っておられる。それがどういうことなのか、じっくりご教授いただきたい」

 と、言った。
 アテネの人たちは、新しいことを見たり聞いたりするのが3度の食事(めし)よりも好きだった。聖パウロは、神々の祭壇の間を歩いていてその中に≪知られざる神に≫と書かれた祭壇に眼を留めた。そして、哲学者たちに言った。

 「あなたがたは、未知の神を崇拝しておいでだが、この神こそ、わたしが宣教している天地を創造されたまことの生ける神なのです。」

 そう言ってから、神の問題について他の人たちよりも優れた知識を持っているらしく思えたディオニシウスに向かって、

 「その知られざる神とは、どういう神だと思いますか?」

 ディオニシウスは、

 「それは、まことの神でいらっしゃいますが、他の神々の中に姿を現さなかったため、どのような神でいらっしゃるのか、わたしたちには、想像もつきません。しかし、いずれ将来は、この世に現われて永遠に支配なさるに違いありません」

 と、答えた。
 聖パウロは、尋ねた。

 「その神は、人間でしょうか?それとも、霊にすぎないのでしょうか?」

 ディオニシウスは、

 「そのかたは、神にして人なのです。けれども、天にだけいらっしゃるため、わたしたちには、知られざる神なのです」

 と、答えた。
 聖パウロは、言った。

 「わたしが、宣べているお方もその神なのです。天からご降臨になり、人間の姿をとり、死の苦しみを受け、三日目によみがえられ、天に昇り、神の玉座におられるのです。」

 ディオニシウスと聖パウロの間にこのようなやりとりがおこなわれていたとき、たまたまひとりの眼の見えない人が、そばを通りかかった。ディオニシウスは、すかさず聖パウロに言った。

 「あなたが、説いている神の名においてこの眼の見えない人に≪眼をあけなさい≫と言って、この人の眼が本当に見えるようになったら、あなたの神を信じよう。けれども、呪文などを唱えてはいけません。
 もしかすると、あなたはあやかしの術を心得ておられるかもしれませんからね。
 ですから、わたしがこの盲人に言う文句を指定します。
 『おとめより生まれ、十字架に釘づけられ、死してのちよみがえり、天に昇りたもうたイエズス・キリストの御名において言う。眼が見えるようになりなさい!』
 と、こうおっしゃって下さい。」

 しかし、聖パウロは、

 「あらぬ疑いをかけられたり、邪推を受けたりしてはたまりませんから、あなた自身が今の文句をその人に向って宣言してみてくれませんか!」

 と、ディオニシウスに頼んだ。
 それでディオニシウスは、盲人に向って、

 「おとめより生まれ、十字架に釘づけられ、死してのちよみがえり、天に昇りたもうたイエズス・キリストの御名において言う。眼が見えるようになりなさい!」

 と、言った。
 すると、その人は、たちどころに眼が見えるようになった。これを見たディオニシウスは、妻のダマリスをはじめ家族みんなと一緒に聖パウロから洗礼を受け、信者となり、12年間聖パウロについてキリスト教の教義を教わった。
 後に、アテネの司教に叙品されると、アテネの町やこの地方で宣教に励み、多くの人々をキリスト教の信仰に導いた。

 さて、聖パウロは、アテネに在住した12年間、第三の天に昇げられた出来事や視たことを聖ディオニシウスに語って聞かせたとされる(第二コリント12:2)。
 聖ディオニシウス自身も、著書のいたるところでひそかに打ち明けている。そのため彼が天の階層、聖秩、天使階級と区分と職能などを相当詳細且つ、明確に著述している。
 他人から聞いた伝承とはとても信じられず、まるでみずから第三の天に昇げられ、そこですべてを見て教えられてきたとしか思えないような語りかたで綴られている。
 また、聖ディオニシウスが、預言の霊に満たされていたことは、彼がパトモス島に流されていた福音史家聖ヨハネに宛てた手紙からも伺える。彼は、使徒聖ヨハネが、ふたたび島から戻って来られるだろう と預言して、

 「お喜び下さい。親愛なる、なつかしき、愛すべき、やさしい友よ。あなたは、パトモスの牢屋から解放されるでしょう。あなたは、アジアの地にお帰りになられ、主キリストに倣い、あとにつづくわたしたちの良き手本を示し、ご遺産として下さるでしょう。」

 と、書いた。
 他にも聖ディオニシウスは、彼が『神名論』の中に書いているところから、聖母マリアがお亡くなりになった時、彼もその場に立ち会ったことが容易に推察できる。

 9世紀初頭、ルドウィクス祇い亮鸚併丙廖▲劵鵐マルスの師にあたるサン・ドニ大修院長イルデュアン(没840 or 844)が、『聖ディオニシウス殉教記』を書き、聖ディオニシウス・アレオパギタは、ローマから派遣されて殉教を遂げたパリの初代司教聖ディオニシウスと同一人物であるとした。
 こうして聖ディオニュシウス・アレオパギタとその著作は、中世全体を通じて高い権威をもち、聖トマス・アクィナスもこれを援用し、スコラ哲学や神秘思想に大きな影響を及ぼした。

 近世になってロッテルダムのエラスムス(1466〜1536)や宗教改革者たち、プロテスタント神学者たちによってその史実性が疑われ、これら一連の論文を偽書とする批判が出された。
 さらに、19世紀末になってカトリックの神学者たちもその信憑性を疑い、これらの論文は、『偽ディオニシウス文書』と呼ばれるようになった。
 しかし、その影の執筆者に関しては、憶測の域を出ず、たぶん、シリアの一修道士であったろうとか外にもいろんな名が、挙げられ、有力な定説は今だない。
 ここから、5世紀末か、6世紀初頭の人と思われている教会著述家が、聖ディオニシウス・アレオパギタ;ディオニュシオス・ホ・アレオパギテスの名前で新プラトン主義的な神秘主義的傾向の強い一連の神学論文を書いたとされるようになった。

 これは、悪魔によって偽りの霊と知識を吹聴され、そそのかされた宗教改革者たちとプロテスタント神学者たちによって何の根拠もなくでっち上げらた批判である。
 その結果、神聖な書物を疎んじられるようになった始末である。(それでも、悪魔崇側オカルティストたちは、密かに信じている。−それが、真理法則だから。)

 『偽ディオニシウス文書』に含まれているものは、『神秘神学』『神名論』『教会の階層について』『 天の階層について』の四論文と11通の書簡が、今日残されている。


 聖ディオニシウス・アレオ・パギタとは、使徒聖パウロによって回心し、アテネの初代司教になったとされる
 「アレオパゴスの裁判人デオヌシオ(『使徒行伝』 17:34)」
 のことであって、一連の論文は、たいへんな評判となり、まもなくギリシア語からラテン語にも訳された。

 聖ディオニシウスが、聖パウロや聖ヨハネの話を後世の遺産としてギリシャ語で記録したことは、容易に推察されるし、彼が観想家、哲学者であったことからも著述家だったことは、当然考えられ、今で言う神学者のパイオニアだったと察せられる。そして、プラトン主義的ギリシャ哲学に精通していたことは、歴史的記録から証明できる。

 言及しておくが、ランスの司教ヒンクマルスは、敬虔王ルドウィクス祇い遼子で≪禿頭王≫と呼ばれたカール:シャルル王鏡ぁ淵侫薀鵐王としては、祇ぁГ曚楮Fのフランスに近い領域を統一し、875年西ローマ皇帝を戴冠)に宛てた書簡の中で、

 「宣教のためにガリアに派遣されたこのディオニシウスは、ディオニシウス・アレオパギタと同一人物である」

 と、述べているし、ヨハネス・スコトゥス(810年ごろ〜877年頃)もカール王に宛てた手紙の中でおなじことを証言している。

 ヨハネスは、エリウゲナとも呼ばれる。アイルランドの生まれで845年ごろ、カール鏡い両靴を受けパリに召還、宮廷学校の校長となった。
 9世紀におけるカロリング・ルネサンスの最も重要な哲学者。聖ディオニシウス・アレオパギタの注釈によって初期スコラ学に新プラトン主義を導入し、ポエティウスの注解によってスコラ学方法論の成立を促した。
 858年頃、カール鏡い琉様蠅如惶競妊オニシウス文書』をラテン語に翻訳。それを土台にして主著『自然の区分』において汎神論的要素の強い一元論的世界観を展開した(867年頃)。

 これに異論をとなえる人たちもあるようだが、年代の計算をしてみても、食い違いはまったくない。
 プロテスタントの神学者が、偽作として揶揄し、批判する理由は、少なくとも彼らが、カトリック:公教会から分裂した正統な言い訳=よりどころとするには、この書物が障害となるからである。
 教会の位階制は、ヒエラルキーとして初代教会から神の啓示によって言明されているからであり、 神の目からすれば、宗教改革者やプロテスタント教会の主張は、神の神秘体である教会を分裂に至らせる根拠=理由として全く認められない 訳である。
 そのせいか、彼らの言い分=宗教改革は、悪魔が、神に反抗するのと同じくらい愚かなことだった
ことを素直に認める神学者や牧師たちは、現在皆無に等しい。
 しかし、21世紀は、偏見や人間の欲望、主義主張によって曲げられた過去の歴史の再構築:真実の証明が、必要とされる時代 だと感じている。 いつまでも、偏見の目で独善的ひとりよがりの、自己満足的自分達の信仰を正当化するために真理の真実な神が、お望みとなられる信仰から、遠ざかっていてはいけない。 神の教会、神の神秘体は、唯一、ひとつであるべきだからです。
 ヨハネの聖福音書 第17章9節〜23節
 「その彼らのために私は祈ります。・・・・私たちが一つであるように彼らも一つでありますように。・・・・彼らが完全に一つになりますように。」



 ディオニシウス:Dionysiusとは、≪いそいで逃げる者≫の謂である。
 あるいは、「2」を意味するdyoと≪高めること≫を意味するnisusとから来ていて、ふたつの点で高められた者、すなわち肉体とたましいを高められた者という意味である。
 あるいは、この名前は、美女神ウェヌスをあらわすDiana と≪神≫の意のsyos とに由来し、神にむかって美しい者という意味である。
 さらにまた、ディオニシウスは、ディオニシア:dionysiaから来た名前であると言う人たちもいる。このディオニシアというのは、イシドルスによると酔いざましに効く黒い宝石であると言う。すなわち、≪いそいで逃げる人≫は、世俗を軽蔑する人、世俗からいそいで逃げ、内面の観想によって自らを高める。

 聖ディオニシウスは、神のおん名に関する著書『神名論』の中で、神を観想する3つの段階を区別している。

 第1の段階は、感覚的知覚によって神を観想し、

 第2の段階は、精神的創造を通じて、

 第3の段階は、直接の合一によって観想する。

 彼は、徳の飾りによって神に対して美しく、罪人の罪の酔いを醒ますのに効く薬石である。

 ある年代記によると、主の紀元644年頃、ピピン契い茲蠅困辰帆阿鵬Π未砲△辰織侫薀鵐王ダゴベルトゥス祇い蓮⇒弔い海蹐ら聖ディオニシウスをたいへん崇敬していた。
 だから、ある日、父王ロタリウスから大目玉を食らいそうになった時なども、急いで聖ディオニシウスの教会に逃げて行ったほどであった。
 さて、このダゴべルトゥス王が死んだ時、ある信心深い人が幻視を見た。それによると、王の魂は、裁きの庭に呼び出され、多くの聖人たちは、王に教会を荒らされたと言って訴えた。そこで、喜んだ悪魔たちは、王の魂を地獄に引き立てて行こうとした。すると、そこへ聖ディオニシウスが現われ、聖人のとりなしで王は、地獄の責苦を逃れることができたという。王の魂は、もう一度、もとの肉体に戻って、贖罪をはたしたとされる。


 主の紀元816年頃、ルドウィクス王祇ぁ彼は、政治的成功を治めなかったが、修道士的信仰心を持ち、教会や修道院への寄進によってキリスト教文化の発展に大きく尽力した。彼の時代に、コンスタンティノポリスの皇帝ミカエル:「主の紀元816年ごろ」という年代とすこしずれるが、東ローマ皇帝ミカエル祇ぁ憤811〜813)か、ミカエル鏡ぁ憤820〜829)のどちらかとされる。両帝の間にレオ言ぁ憤813〜820)がいる。
 皇帝ミカエルの使節は、数ある贈品のひとつとして、ギリシア語からラテン語に訳されたディオニシウスの階層に関する著書:『 教会の階層について』と『天の階層について』の二書をカール大帝の子ルドウィクスにささげた。
 この贈りものはルドウィクス王を大変喜ばせた。そして、その夜、聖ディオニシウスの教会:今日のサン=ドニ大修道院聖堂で19人の病人が快癒するという奇蹟が起こった。

 サン=ドニ大修道院聖堂
 475年ごろ、聖ディオニュシウスの墓のうえに建てられた小聖堂が、その開基である。伝承によると、451年のフン族侵攻のさい代願によってパリを破壊から守り、パリの保護の聖人とされる聖女ゲノウェウァ(フランス名:ジュヌヴィエーヴ、祝日1月3日)が建てたという。

 630年、メロヴィング朝のダゴベルトゥス祇い蓮△海譴鯊腓く改築し、みずからもここに葬られた。
 これが破壊されたあと、ピピン契い、750年再建にとりかかり、775年にカール大帝によって完成された。敏腕家の修道院長シュジェ(位1122〜1151)は、1137年から1140年にかけてこれにかわる修道院聖堂を建てた。これがフランス・ゴシック様式の発祥となった。ゴシック建築におけるサン=ドニ修道院と修道院長シュジェ、テンプル騎士団との関係は、とても深い。
 この頃からサン=ドニ聖堂は、フランスの王たちの墓所となり、フランス全教会の首位をしめ、聖俗界に大きな力を持つようになる。
 聖王ルイ柔い蓮1243年から1281年にかけてこのシュジェの建築に純ゴシック様式のバジリカを増築させた。これが、現在のサン=ドニ大修院聖堂である。サン=ドニの発展、フランス王家との関係などについては、渡辺昌美氏の『フランスの聖者たち』(大阪書籍)を参照して下さい。



【参考文献】

Jacobus de Voragine [ Legenda aurea ] ヤコブス・デ・ヴォラギネ「黄金伝説」
訳者:前田敬作・西井 武/発行所:株式会社人文書院

バルバロ神父訳 「聖書」(講談社)
マリア・ワルトルタ 著 『 時の終わり 』 日本語翻訳版(抜粋)
 マリア・ヴァルトルタ「手記」抜粋 世紀末の黙示録

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著者:baramado
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JUGEMテーマ:聖書


「大天使聖ミカエル」 と 映画「天使」 と 映画「コンスタンティン」 と 天使の階級(ヒエラルキー)=偽ディオニシウス『天上階序論』



 「コンスタンティン」をはじめ、霊的な存在や能力等の映画、ヒーリング、癒しを利用したセミナー、などが、流行の兆しを見せています。
 今回取り上げた「天使」は、単に女優「深田恭子」さんが、魅力的女性だからですが、それ以上に、天使の存在や性格について、言及しておきたいからです。
 さて、実際の天使の特徴ですが、

1.霊体であるため肉眼では見えないが、霊の目が開かれていれば、見ることのできる存在です。

2.基本的な特徴は、「コンスタンティン」を観ていれば、ほぼ、大体の説明がなされています。特に、天使の羽根は、実際に人とかかわる場合、人間と同じ姿となるため見えません。つまり、必ずしも常に羽根を持っているとは、限りません。

3.天使の能力は、霊であるため、人間よりはるかに超える能力を持っています。力・智・生命など。
  例)[粁鷁Φ19:35]ちょうど1位の天使が、一晩に185,000人のアッシリア兵士を打ち滅ぼすことができたように力が大きいです。

4.天使は、人間に仕える役目を神から命令されています。そのため、人間一人に1位の守護天使がついています。しかし、その人間が、罪悪を積み重ねるたびに守護天使とその人間とのつながりが弱くなり、霊的なコミュニケーションができなくなります。母親が、赤ちゃんを抱いているのをよく注視して見て下さい。
 赤ちゃんというのは、まだ、純真無垢であるため、自分の周りにいる守護天使を見ることができます。そのため、まったくあさっての方の何も無い方角を見ていても時々かん高い笑い声を発することがありますが、これは、守護天使が、赤ちゃんをあやしているのです。

注)悪魔と言うのは、「人間に奉仕せよ」と言う神の命令に反逆した堕天使達です。
 実際、「なぜ、自分たちより劣る存在の“肉体”を持った人間に奉仕しなければならないのか?」
 この疑問から神の命令に背き天界の1/3の天使達が、地に落とされました。
 そして、この欠けた1/3を満たすために人間が選ばれます。それが、聖人であり天国へ帰る目的のひとつで、地上の人間のために祈りによって守護するためです。聖人になって天国に帰っても、決して遊んで憩うためではありません。だから、サタンと同じような疑問を抱いてこの地上で一生涯を頑なに暮らせば、サタンと同じ、地獄に自ら進んで落ちるでしょう。

 「あなたの隣人にあなたより劣る者が居れば、その人に対して高慢であってはならない。むしろ、謙(へりくだ)って奉仕しなさい。」
 聖主イエズスは、言われる「だが、汝らの間ではそうであってはならない。むしろ、汝らの間で偉くなりたいと思う者はみな、召使となり、第一の者になりたいならみなの奴隷にならねばならぬ。・・・」
 (聖マルコの福音10:43〜44)


◆ 天使の階級(ヒエラルキー):偽ディオニシウス『天上階序論』(330年頃)の図式は、12〜3世紀のスコラ哲学派のボナヴェントゥーラ・ダ・バニョレージョ「セラフィムのごとき」やトマス・アクィナス「天使的博士」、ヨハンネス・エックハルトらによって洗練されました。
 スコラ神学では、「宇宙は、『至高の存在』が、動かす巨大な神秘体であり、その下に配置された天使の階層が、諸天球を動かし、各天球は、人間に影響を及ぼしている。
 人間誰でも神から自然の能力を授かっており、 “ 徳 ” を実践することによって能力を発展させることが可能とされ、精神の九階層を通って人間の霊魂は、諸天球の上に昇り、≪至聖三位一体≫の観想に到達することができる。」

カトリックにおいて公認されている名前の天使は、聖書で公に「神の天使」として名前が表されている「聖ミカエル、聖ガブリエル、聖ラファエル」の三大天使だけです。
 黙示録や旧約聖書などに七大天使は、登場しますが、他の四位の天使たちの名前は、表われないため公認されていません。つまり、下記に記された他の天使たちの名前は、外典やキリスト教カバラ、ラジエルの書などに記載された名前ですからあくまで参考程度に留めて下さい。

● 大聖グレゴリウス祇い痢慂_蚕饕躄髻戞6c)にある「天使模倣論」:天使を模範として人間は、神に近づくと説いています。
 中世の二冊のカバラ文献 {ウォルムスのエレアザールの著作『ラジエルの書』とモーセス・デ・レオン『光輝の書』(シェマンフォラス[Shemamphoras]の鍵;カバラ図式による72名の天使、旧約聖書「出エジプト記14:19〜21」から天使たちの名前を導き出す手続き方法。西洋神秘主義の中でシェマンフォラスの天使たちを完全に叙述したのは、ルナンが最初です。悪魔の名も並列され、使用を誤ると非常に危険です)} から、実践魔術論『グリモリオ』といった厄介な作品が、著者を偽って多数出版されました。
 ルネサンスの「天使的魔術」に代表されるのは、イギリスのエリザベス女王に仕えた宮廷数学者ジョン・ディーで『Logaethの書』で天使に命令する方法を記載しています。エデンの園追放以前のアダムの話した言語や創造の秘密などを記した著書『天使の48の鍵』,『エノクの小文書』,『ナルヴェイジの文書』があります。
 ジャック・ガファレルの『前代未聞の謎』(1629年)では、「自然護符の理論」によってあらゆる鉱物植物のうちに存在する徴表を解読し、古代ヘブライ語のアルファベットで書かれた天使のメッセージを読む方法を解説しています。
 ゴンザーガ『天使についての瞑想』(1589年)は、神に対する天使の謙遜を学ぶように勧告しています。スアレスの『天使論』(1570年)、ベーメの『アウロラ』(1612年)、プトの『天使論』(1630年)、シレシウスの『ケルビム巡礼』(1674年)、サン・マルタンの『神に連なる諸関係の自然図,人間と宇宙』:錬金術によって人間は、天使に近づくことができ、至高天に達することができると論述しています。
 シェリングの『超越論的観念論の体系』(1800年)、19世紀〜20世紀前半の天使に関するニューエイジ運動などの誤った風潮に対し、ピオXII世の回勅『フマニ・ゲネリム』(1950年)では、天使の現実的存在は、否定できない。天使の存在は、信仰箇条であること、他の宗教に見られる霊的存在との類似について人間の黎明期においての共通啓示だったが、イスラエル人の間でのみ純粋に保たれる。天使は、世界の創造と同時に純粋な精神(霊魂)として創造され、不死であり、精神性は、人間よりも神に近い。天使の任務は、神を敬い神に仕え、神を讃美すること。すべての人間には、自分の守護天使を持っている。偽ディオニシウスの天使の九階級といった分類は、信仰と本質的に無関係であること。天使は、“敬愛”し“崇敬”すべきだが、“礼拝”や“崇拝”してはならない。
 カトリックでは、特別に聖ミカエル、聖ガブリエル、聖ラファエルの三大天使や諸天使を記念して祈りの取り次ぎを願いミサ聖祭を捧げるが、あくまで崇敬であって礼拝しているわけではありません。
 礼拝は、至聖三位一体の神のみであり、ミサ聖祭中に神の御ひとり子イエズス・キリストの御体と御血に聖変化(「全実体変化」)した御聖体を御父なる神に奉献し、礼拝しているのです(この点について勘違いや誤解をしている人が、誠に多いので要注意の言及とします)。



天界三階層分類(偽ディオニシウス『天上階序論』とカバラのセフィロト10階梯)


第一階層

 セラフィム「熾天使」:ヘブライ語「燃えるような(Seraphim)」、「イザヤ書6:2〜7」<セラフ(saraph)>と言う言葉は、聖書中の句の“蛇”を意味(「民数記21:6」,「申命記8:15」,「イザヤ書14:29,30:6」)する。
 『エチオピアのエノク書』では、セラフィムは、ケルビムやオファニム(力の天使)と共に常に<神の栄光の玉座>を取り囲み護る霊。知的活動は、宇宙の秩序と神の摂理にあります。
 階層の長を聖メタトロン(Metatron)とし、セフィラ・ケテル(冠:第一;第一動天:人間精神)。
 メタトロンとは、ギリシャ語の<メタ・トロノスmeta thronos「玉座の背に仕える者」>、「ヤーウェの傍らの≪顔≫の君」。
 外典『エゼキエルの幻視の書(4c)』では、行政天使の長、天国の宰相、節制の君などと呼ばれ、神の書記、人類を支える責任者、天使界と人間界の仲介者、大洪水を告げた天使、イサクの犠牲を捧げるアブラハムの手を止めた天使、モーセの出エジプトを導いた雲と火の柱の天使、ヤコブと組み打ちした天使とされます。神の秘書・書記官的役割から「命の書」を管理する天使と思われます。

 ケルビム「智天使」:ヘブライ語(Kerubim,Kerubの複数形;アッカド語karibu「祈る」に由来)、エデンの園の番人、JHVHは、ケルビムの上にまたがって座っている(サムエル記上4:4,サムエル記下22:11)。
 頭は獅子、人間、グリフォン、牡牛、スフィンクス、鷲、有翼神像ともされ、エゼキエルが、語る典型は、いくつもの顔と目を持つ姿、四つの翼を持つ、二枚は、高く上げられ、二枚は、下に畳まれ、数多くの目がついています。
 磨かれた青銅のごとく輝く足、人間、獅子、牡牛、鷲の四つの顔を持ち・・・車輪によって移動する(エゼキエル4:25,10:1〜22)。
 属性は知識。慈悲の心に燃える人間は、ケルビムの内に数えられる(大聖グレゴリウス『福音書注解』34:11)。
 他に、「智慧の光」、「炎の車」、「雲のベール」とも呼ばれます。「主の栄光は、ケルビムの上に立つ(エゼキエル10:4)」よりシェキーナー、預言者に明かされた光と同一視されます。
 ヨハネの黙示録4:5〜8「四匹の獣:第一は獅子、第二は牡牛、第三は人間、第四は鷲であり、彼らはそれぞれ六つの翼と無数の目を前後に持ち、神の玉座の近くにおり、絶えず主に祈りを捧げ、稲妻と雷鳴と声々に囲まれている」
 階層の長を聖オファニエルとし、セフィラ・ホクマー(智恵:第二;黄道帯:脳髄)と照応。 オファニエル(Opahniel)とは、オファニム(ヘブライ語「車輪」,「多くの目を持った被造物」:ガルガリム「天球」とも呼ぶ:特殊な天使的存在で「力の天使たち」:『エゼキエル書』1:15〜17,10:1〜22,11:22)の階層の長、16の顔を持ち、100対の翼と8466の目を持つ(『ヘブライのエノク書』)とされます。

 トロノイ「座天使」:ギリシャ語トロニ(Tronoi)、神をとりまき、完全に無感情で神の光を受け、自らの内に神を持ち、神の贈り物に対して敬虔に自らを開いています。
 大聖グレゴリウスによれば、「主を観想し、主がそこから人間の行為を裁く玉座に迎えるように主を受け入れる者は、トロノイにも似る『福音書注解』34:11。」
 ダンテは、「神の裁きを反映する“鏡”であり“愛”である『神曲天国編9:61,28:104』」
 階層の長を聖ザフキエルとし、セフィラ・ビナー(理解:第三;土星界:脾臓)と照応。
 ザフキエル(Zaphkiel)[ザフィエル(Zaphiel)]とは、ヘブライ語「神の知性」、天国の九人の長官のひとり、冥界(リンボ)の使者とされます。トロニと対応するエレリム(Erelimヘブライ語「勇敢な」,「平和の使者たち」:アリエルの住人たちは、外に出て叫んだ・・・『イザヤ』33:7−から由来する)の階層の長。

 【・ベネ・エロヒム:ヘブライ語「神の息子」、天の星々と同一視(「列王記25:18〜22」,「ヨブ記2:1,38:7」)、「見張りの天使(エグレゴロイ[Egregoroi]:ギリシャ語「監視者」)」たちで、創世記6:2の人間の女との間に巨人族ネフィリムを産み出したとされます。
 神に反逆した天使たち(『エノクの秘密の書』,『第二エノク書』18:1〜19)を示します。
 エグレゴロイたちは、兄弟サタナエル(階層の長),アザゼル,シェミアザたちの決断に泣き、自分たちの階層を襲った不名誉に絶望したと書かれ、ひとつの階層全員が、罪を犯したと言うわけではないが、第五天(火星;信仰)に昇ったエノクは、「どうして主の顔を眺めずに地獄に堕ちた兄弟のことを泣くのか」と、彼らにたずねたら、その言葉に応えてエグレゴロイたちは、四列に並び、天にラッパの音が響き、彼らの声もまた、神へと昇っていったとされます(エチオピア,スラブ版『エノク書』,『エノクの秘密の書』)。
 ・マラクヒム:ヘブライ語マラク(malakh)「使者」,複数形(malakhim)=ギリシャ語のアンゲロス(angelos)に相当、≪マラク・ヤーウェ(malakh Yahveh):神から特別の任務を命じられた天使≫から特殊な階層としてヴィルトゥと結びつくとされます。セフィラ・テフェレト(美:太陽天)、階層の長を聖ラファエル、ヴィルトゥと同階層とします。どちらも、偽ディオニシウスでは、第一階層からは、この名をはずされています。おそらく、堕天使となったのでしょう。】


第二階層

 ドミナツィオーニ「主天使/統治」(Dominazioni):キリオティテス(ギリシャ語:Kyriotytes)、地上的なものから完全に自由な「天上の知性」の高さを表わし、ただ≪至高の存在≫のみを見つめている(『天上階序論』8:1)。
 自分の邪悪な本能を完全に抑制することができる人間は、ドミナツィオーニの隊列に近い(大聖グレゴリウス『福音書注解』34:11)。 
 階層の長を聖ザドキエル(Zadkiel)とし、セフェラ・ヘセド(慈悲:第四;木星界:肝臓)と照応。
 ザドキエル(Zadkiel)[ツァドキエル(Tsadkiel)]とは、ヘブライ語「神の正義」、慈愛と恩寵と記憶の天使、天国の九人の統治者(長官)のひとり、神の傍らの七人の天使のひとり、東の風の門を護る天使のひとり、ミカエルが戦いの旗を揚げるとき、ゾフィエルと共に馳せ参じる天軍の将軍とされます。

 ポテスタ(Potesta:ラテン語)「能天使/権威」:ギリシャ語エクスシアニ(Exusiani)「支配」[シニョリエ(Signorie)]、第二の階層の天上的知性を指し示し、人間を伴って神へと上昇する(『天上階序論』8:1)。
 祈りの力によって悪霊を追い払うことができる人間が存在します。彼らは≪支配≫の軍隊から力を得ている(大聖グレゴリウス『福音書注解』34:11)。
 階層の長を聖カマエルとし、セフィラ・ゲブラー(公正:第五;火星界:胆汁)と照応。
 カマエル(Chamael)[カムエル(Chamuel)]とは、ヘブライ語「神が立ち上がる」、二万の≪破壊天使≫に命令をする天使(『創世記』22:21,外典『モーセの啓示』)、神の玉座を囲む天使軍団の長(『アジエルの書』13c)、第三天に達する霊魂の行動を記録する天使たちのひとり(コルドヴェーロの『石榴の天国』1592年)とされます。

 ヴィルトゥ(Virtu)「力天使/権力」:ギリシャ語ディナメイス(Dynameis)「美徳」、ソクラテスの弟子プラトンのギリシャ哲学の理論体系 {智慧,正義,分別,節制} 四つの資源を備える個人倫理を完成させることが、最良国家の条件。
 アリストテレスは、“美徳”を個人の性格に着せられた「衣装」(『ニコマコス倫理学』1:1103)。
 教父哲学の「枢要徳」から四美徳と対応して、キリスト教教義(ドグマ)の神学的美徳{信仰,希望,慈愛}は、神が、恵む超自然的資質とされます。
 天の≪美徳≫を一般的に天使の本質と呼ぶ。神にもふさわしいようなあらゆる活動の中に存在する恐れを知らない勇気(剛毅)・・・欠けることも衰弱することもない・・・常に超越して他の諸力を生み出す “力” を観想し・・・神の≪光≫を受けてこれを人間の魂に伝えます(『天上階序論』6:1〜2,8:1)。
 行為に秀でた者は、≪美徳≫の階層に相当します(大聖グレゴリウス『福音書注解』34:11)。
 神の美徳は、天使のように人間たちのこの愛の内に降り立つ(『饗宴』3:14)。七美徳と七惑星とが、照応すると体系化しました {ネッカム(11c)、聖トマス・アクィナス、ダンテ} 。
 階層の長聖ラファエルとし、セフィラ・テフェレト(美:第六;太陽天:心臓)と照応。
 聖ラファエル(Raphael:ヘブライ語「神は癒し給うた」)とは、三大天使のひとり、聖書で公に「神の天使」として名前が表され、カトリックで公認されている天使の名前は、 {聖ミカエル、聖ガブリエル、聖ラファエル} の三大天使だけです。
 アスモデウスを支配する天使(『ソロモンの遺書』,『トビト記』)、人間の息子たちの苦悶と傷をつかさどります(『第一エノク書』20:4,40:9)。
 聖ミカエル,聖ガブリエル,聖ファヌエルと共に最後の審判の日に悪魔アザゼル(サタン:神の反逆者)とその追従者たちに対し戦いを挑む四大天使のひとり、地上を再生させるため神から遣わされる(『第一エノク書』54:6)。
 アダムが、死んだとき聖ミカエル,聖ガブリエル,聖ウリエルと共に最初の人間の亡骸を布に包み上から香油を振りかけるように神から命令され、また、カインに殺されたアベルの亡骸にも同様のことをしたとされることから魂の導き手とします(『モーセの黙示録』,5:39,43)。
 世界を旅するエノクに死者の霊魂が集められている場所(冥界:リンボ)を見せ、エデンの園で自ら護る≪知識の樹≫について話しました(『第一エノク書』22:1,32:3)、大洪水の後、ノアに医学の書を与えたことから治療の能力は、知られています(外典『ノア書』)。
 霊魂の導き手、治療する天使から『トビト記』の霊的説き明かしは、死者の霊魂の旅の案内・守護天使であり、神の天使のおかげでサタンから救済されたとします。


第三階層

 プリンシパティ(Principati)「権天使/主権」:ギリシャ語アルカイ(Archai)、神のように命令し指導する任務を負って、至高原理をふり仰ぎながら、人間に対して命令を与えてその導き手となる。
 階層の長聖アナエルとし、セフィラ・ネツァー(勝利:第七;金星界:腎臓)と照応。
 アナエル(Anael:ヘブライ語「神の栄光」)[アニエル(Aniel),ハニエル(Haniel)]とは、地上からの祈りを聞き届け、占領された町を解放し、勝利に導き、自然の秘密を解き明かし、哲学者たちに霊感を与えるとされます。アナネル(反逆の天使)とは混同しないこと。

 アルカンゲリ(アークエンジェル;Arcangeri)「大天使」:ギリシャ語アルカンゲロイ(Archangerloi)、神がそれぞれ任務を与えて被造物の統治をゆだねた「天の君主たち」を後に大天使と呼び、ミカエル,ガブリエル,ラファエル,(ウリエル,)。
 ピタウのウィトクリス(4c)は、神の玉座に仕える七つの霊としています(『トビト記』2:15、『ヨハネの黙示録』1:4)。
 より高い力を通して階層を下ってきた神の啓示を受け取り、天使たちを通して人間に明かし、人間は、それぞれ神に定められた権力の程度に従って理解します(『天上階序論』4:2)。
 天の深遠な秘密を探求し告知する人間は、大天使にも似る(大聖グレゴリウス『福音書注解』)。
 階層の長聖ミカエルとし、セフィラ・ホド(栄光:第八;水星界:肺臓)と照応。
 ミカエル(Michael:ヘブライ語「神のごとき者」)とは、三大天使のひとり、聖書で公に「神の天使」として名前が表され、カトリックで公認されている天使のひとり、最も有名で慕われています。
 「主よ、神々のうちでだれがあなたに比べられようか」(出エジプト記15:11)
 紅海を渡ったモーセの言葉から由来します。最後の審判に先立つ悪魔との戦いで天の軍隊の指揮官(ダニエル書10:13,12:1〜3)、悪魔アザゼル(サタン:神の反逆者)と他の反逆天使たちを神に告発した大天使のひとり。
 悪魔シェミアザの懲罰を行なうこと、エデンの園の中心に立つ生命の木の神秘をエノクに明かしました(『第一エノク書』9:1〜2,10:11,25:1)。
 百年戦争のときロレーヌの乙女ジャンヌ・ダルクの前に現われ、田畑を捨てて闘いに出るように命じ、オルレアンの戦い(1429年)でイギリスを破り、シャルル七世をランスで戴冠させた時の王冠は、聖ミカエルの贈り物だと言われます。
 ヤコブス・デ・ウォラギネの『黄金伝説』(1260年頃)、八世紀のフランス,ノルマンディーのモン・サン・ミッシェル修道院創建物語、六世紀のローマ,ハドリアヌス帝霊廟を聖天使城に改築した物語など逸話は多いです。

 アンゲリ(エンジェル)「天使」:ギリシャ語アンゲロイ(Angeloi)「使者」、ヘブライ語のマラクヒムから「超人間的存在」という意味を付加され、神と人間とを仲介し、神の使者となってその意志を地上に実現させます。
 人間は、皆それぞれ守護天使を持ち、民族によって天使も異なります(『ダニエル書』12:1)。
 人間に最も近い霊的階層を表わします。カトリックの重要な神学著書 {ヴィットレッリの『天使の守護について』(パドヴァ:1605年),『天使の秘密と出現』(ヴェネツィア:1611年)、マランゴーニの『守護天使論』(ローマ:1736年)} などがあります。教会暦10月2日は、守護天使の日(崇敬)としています。
 階層の長聖ガブリエルとし、セフィラ・イェンド(基盤;月界:生殖器)と照応。
 聖ガブリエル(Gabriel:ヘブライ語「神の人」)とは、三大天使のひとり、聖書で公に「神の天使」として名前が表され、カトリックで公認されている天使のひとりで、洗礼者ヨハネと救世主イエズス・キリストの誕生を告げる神の使者(「聖ルカ福音書」1:11〜38)。
 『受胎告知』は、キリスト教美術の代表的テーマとなり大天使聖ガブリエルと聖母マリアが、描かれた無数の作品が残されています。
 また、旧約聖書「ダニエル記:≪70週の預言≫」のヴィジョンを預言者ダニエルに解き明かした天使も聖ガブリエルです(「ダニエル記」8:15〜26,9:20〜27,10:1〜12:13)。

※ ラジエルの書(Raziel:ヘブライ語「神の秘密」)
 天使ラジエルは、カバラの伝統から天と地のあらゆる知識、天使たちの名前と祈祷の方法、天使らを人間の目に見えるようにする術を『ラジエルの書』に書き残したとされ、天使たち自身も知らない秘密が、書かれてあり、神が選んだ神を畏れる賢者にしか利用することを許されない人間のみに与えられ、敬虔に用いる者は、あらゆる悪を免れ、死が訪れたときには、天国へと運ばれます。
 しかし、真の著者は、カバリストヴォルムスのエレアザール(13c)と言われます。伝説では、ラジエルが、アダムに書き物を手渡したのち川から炎が立ち上がり、天使は、炎と共に天に昇ったとされ、アダムは、『ラジエルの書』を最も大切な財宝として保管し、エノク、ノア、アブラハム≪『形成の書』;『セーフェル・イエーツィラー』,『ゾハール』とも呼ばれる≫、イスラエル、モーセ、ソロモンの手に渡ったとされます。
 エレリム;キリスト教では≪トロニ≫、あるいは、オファニム;キリスト教では≪ケルビム≫の天使階層の長とされます。

※ エノク書(Enoc:)
 創世記の人祖アダム、セトの子孫、メトシェラの父で生涯を全く神に忠実だったから、365歳の時、死なずに生きたまま天に引き上げられた(「創世記」5:18〜24,「シラ」44:16,49:14)。
 伝説は、やがて『エチオピアのエノク書(第一エノク書)』、『スラブのエノク書,又は、エノクの秘密の書(第二エノク書)』、『ヘクハロースの書,又は、ヘブライのエノク書(第三エノク書)』となります。
 エチオピアのキリスト教単性論者は、『エチオピアのエノク書』を正典に含め、完全な形で保管しています。
 1773年、ヨーロッパにエチオピア語版テキストが伝播し、オックスフォード大学ボドリアン図書館に保管されています。
『エチオピアのエノク書』(最古の文章はBC2c、六章に分割)
 第一章;「見張りたちの書」は、反逆天使の堕落、カインの末裔の人間が堕天使と同盟したこと。
 神が大洪水を起こした理由。エノクが、天上を旅し、地獄と天国の驚嘆すべき光景が描写されます。
 第二章;「巨人たちの書」は、脱落し、アラム語断片が、クムラン洞窟で発見。
 見張りたち(堕天使)が、人間の女と交わってネフィリムを生みます。
 第三章;「寓意の書」は、天使の階層、天文学、占星術、メシアとなる≪選ばれし者:神の息子≫の出現でクライマックスを迎えます。
 第四章;「占星術の書」は、エノクに見せた1年364日の太陽暦と月齢の関係を天使ウリエルが、解き明かしています。
 第五章;「夢の書」は、[大洪水の因果関係]と[人間創造から神の王国に至る宇宙の歴史概要]の二版があります。
 第六章;「エノクの手紙」は、人類最後の日々を善と悪に決定的に分割する最後の審判を描写。
 反キリストが、地上に君臨する終末の日々にエノクとエリアの二人が、決定的な役割を果たします。
 「ヨハネの黙示録:11:1〜14」と伝えられているのは、この書からとされ、エノク書のヘブライ黙示録的テーマから取り入れられたイスラム神秘主義とキリスト教神秘主義は、ギリシャの知識の守護者ヘルメスとエノクを同一視しており、ヘルメス・トリス・メギストスの錬金術(書)は、エノクから授かった至高の智慧をまとめた書とされています。

偽ディオニシウス・アレオパギタ(Pseudodionysius Areopagita:10〜11c)ギリシャのプラトン主義哲学者
 聖ディオニシウス・アレオパギタ本人=フランス・パリの初代司教聖ドニのことです。
 聖人伝:パリの聖ディオニシウス (ドニ) 後ページに詳細を掲載しています。つまり、「偽」 ではありません。


映画「コンスタンティン」

 最近、キリスト教(オカルト系)映画が多くなっています。
 一昨年は、「ヴァンヘルシング」「パッション」「キングアーサー」、今年は、上記映画と「キングダム・オブ・ヘブン」が上映された。中世ヨーロッパキリスト教黄金時代とも言える歴史的文献・伝説が根底に存在する。これらは、初代キリスト教時代の聖伝に基づき、さらに豊かな内容と洗練された学術的法則(スコラ哲学・跋魔法典、etc・・・)にまとめ上げられたエッセンスに満ちている。これらは、特に新約聖書中のキリストの言葉を意訳し、無学な人民への啓蒙的役割を担っています。
 20世紀の現代キリスト教神学者(リベラリスト)とは、全く正反対の霊的師父であり、その代表が、聖ベネディクトであり、聖アントニオ、大聖グレゴリウス、聖ドミニコ、聖トマス・アクィナス、聖カタリナ、十字架の聖ヨハネ、アヴィラの聖テレジア、聖ベルナルドゥス、聖ボナベントゥーラ・・・等、列聖、教会守護聖人、教会博士の称号を得ている。また、東方教会においては、金口聖ヨハネ、ナジアンズの聖ヨハネ等もしかりです。
 現代の聖人であり跋魔師であったカンディド・アマンティーニ司祭は、映画「エクソシスト」の監修をされたことでも「コンスタンティン」とは深い関係があります。また、知ってか知らずか、セリフには多々、聖書の個所が引用されています。神は、全くの娯楽映画にさえも神の言葉を人間へのメッセージ手段として用いられます。

ジョン・コンスタンティンのライター;「聖ベネディクトのメダイ」が、レリーフエッチングされています。

聖ベネディクト;修道会の創始者、病気・悪魔を退ける聖人(修道院長、西洋修道制度の開祖480〜547)
[伝記]
 480年、イタリア中部、ウムプリア、メルシャの貴族の家に生まれます。少年の頃(15・6歳)、スビアコの修道院での隠修士の生活を望み、荒れた狭い洞窟で三年間苦行の修道生活を送ったが、神は、彼の居場所を一人の司祭に知らせ、以来。彼の周囲には、その聖性に引きつけられた弟子たちが集まりはじめました。
彼は告解をたびたび行ない、貞潔の誘惑に悩まされるときは着物を脱ぎ捨て、「石や岩の散在する地面を転げ回ったり、いばらの中に飛び込んだりして血のにじむ苦行をしました。
ある修院の院長になり、反対派に毒殺されそうになったが、彼はそれを見破り毒杯に十字架の印をしたところ、杯は粉々に砕け、中から一匹の蛇が出てきました。
 五十歳のとき、ナポリの近くにあるモンテ・カッシーノへ行き異教徒(ゴート族王)を改心させ、教会を立てた。彼は修士たちの生活に秩序を与え、効果的に完徳へ導くため修道生活の戒律を書きました。この戒律は、修道院長のもとに共同体の中で送られる典礼的祈りと研究(聖なる読書)と、労働の生活を規定していまし。彼自身は、質素な生活をし、旅人や貧者には寛大にふるまったそうです。
彼のしるした戒律は、西欧の修道生活に確固たる形式を与え、これによってヨーロッパ精神史に、深い影響を及ぼした。祈りによる偉大な取り次ぎ手だという(幻視者によると、天国における聖人たちの中で、聖母マリア、聖ヨゼフに次ぐ3の地位にあります)。

[聖ベネディクトのメダイ]
 すべての悪なるものに対する祝別された防御の標徴である。霊肉の保護と祝福(悪魔の誘惑や攻撃に対し)大きな取次ぎがある。伝染病に対し、強力な武器となり、事実、ペストが流行した際、このメダイを身につけていたすべての者が救われたと記録もあります。臨終の時、このメダイを身に着けている者は、神に身を委ね、告解し聖体拝領(不可能なら心からの痛悔をもってイエズスの御名を呼ぶ)により、全免償を受けます。

[メダイの説明;十字架の面]

 PAX;「主の平安」
 十字架の4隅にあるC・S・P・B;Crux Sancti Patris Benedicti

 「聖なる父ベネディクトの十字架」
 十字架の縦に書かれてあるC・S・S・M・L;Crux Sacra Sit Mihi Lux
 「願わくは、聖なる十字架が我が光とならんことを」

 同じく横に書かれてあるN・D・S・M・D;Non Draco Sit Mihi Dux
 「悪魔が我が導き手とならざらんことを」

 外周の頭文字Vade Retro Satana Nunquam Suade Mihi Vana,Sunt Mala Quae LibasIpse Venena Bivas;
 「サタンよ退け、汝の虚無もて我を惑わすな。汝が与うるものは悪のみ、毒杯は汝自ら仰げ」 ←メダイと共に射祷に用いる


[ メダイに刻まれた聖人の面 ]

 聖ベネディクト;右手に聖なる十字架「十字架の印で奇蹟を行なう」

 左手に戒律を持つ向かって左;毒葡萄酒が十字架の印によって祝福されたとき砕け、中から蛇が出た

 図向かって右;毒入りパンは、カラスによって運び去られる

 外周の文字;Eius in obitu nostro praesentia muniamur
 「我らの臨終において、御身がその功徳と臨在とによりて、我らの鎧とならんことを」

(1) 聖なるショットガン;ラテン語文字で信仰の奥義「ドグマ」が刻印されている。
 a cruce salus ;「魂の救済は十字架から生まれる」

 decus it tutamen;「救済の装飾と手段」

装飾;三大対神徳「愛、信仰、希望」と枢要徳「賢明、正義、勇気、節制」と福音的徳「謙遜、清貧、貞潔、従順」

他の霊の実(装飾:9つ)「柔和、寛容、喜び、平安、仁慈、忠勤、善良、誠実、忍耐」

手段;聖霊の賜物(堅信の秘蹟):理性の照明「上智、聡明、知識、賢慮」と意思の強化「剛毅、考愛、畏敬」(7つ)

dei gratia;神の恩寵により(花嫁が持ち続ける油ことである=神の戒めを守り、聖霊の導きに従い共に歩み続けること。「灯火=聖霊」は、油がなくてはそこに留まって世を照らし続けられない。人間は、ともすると神の恵みを受け続ける状態から離れ、自己満足な道を選んでしまう。謙遜と忍耐の絶えざる努力を必要とする。神の恵みを受け続けるには、恵みを蓄えるのではなく、川のように受けた恵みを流し続ける必要がある。それには、今ある状態に満足せず切磋琢磨し精神をこの世的なあらゆる事柄から離れ、執着心を抱かず、空しい状態にする必要がある。)

(2) タリスマン(護符、メダイ);悪魔払いの封印、準秘蹟。ラテン語で祈ることによって憑依した悪魔を封じる。

(3) 聖水;悪魔払いに不可欠。人自身や霊的場を清める。

(4) ロンギヌスの聖槍;ローマ兵百卒(夫)長「ロンジン」と言う名前が由来、彼は、「本当にこの人は義人(神の子)だった」(聖ルカ23:48)と言ったその人であり、後にキリスト教徒としてマグダラのマリアやアリマタヤのヨセフ達と共に南フランス・イギリスなどへ迫害を逃れ、船によって宣教された。ここから、最近話題の「レンヌ・ル・シャトーの謎」、「ダヴィンチコード」などフランス王国成立期の王権継承とゴート族の宝、カタリー派の財産、テンプル騎士団、聖杯伝説などが複雑に絡み合って派生している。またその槍の霊的力は、キリスト処刑時において使用され、わき腹から水と血が分かれて流出した(聖ヨハネ福音書19:34)。聖槍はキリストの御血に浴することによって、それを所有する者は、世界を制することが出来るという伝説ができた。

(5) 跋魔祈祷の祈りがラテン語である;悪魔・悪霊は、ラテン語が大嫌いでありラテン語で歌われるグレゴリアン聖歌などは特に嫌いなのである。日本でグレゴリアン聖歌が教会で歌われなくなったのは悪魔にとって、笑いが止まらないくらいうれしいこであろう。現代の教会司祭・牧師などは、見えないものを信じないため非常に多くの霊的教会遺産をただ「古臭い」と言うだけで投げ捨てている。


(6) 鍵となる聖書の言葉
【ヤコブ4:5 】それとも、「神は、わたしたちの内に住まわせた霊を、ねたむほどに愛しておられる」と聖書に書いてあるのは、むなしい言葉だと思うのか。

【汽灰螢鵐15:28】そして、万物が神に従う時には、御子自身もまた、万物を従わせたそのかたに従うであろう。それは、神がすべての者にあって、すべてとなられるためである。

【ローマ8:28】神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。

【汽謄皀4:8】からだの訓練は少しは益するところがあるが、信心は、今のいのちと後の世のいのちとが約束されてあるので、万事に益となる。

【ヘブル12:11】すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。

 主な重要点を列記してみた。「コンスタンティン」を再びご覧になる時、映像の至る所に散りばめられた宝石のような聖書の言葉と印に喜びを隠せないであろう。ラテン語による祈りは覚えて損はない。いざと言う時、跋魔の祈りを唱えられる。

最後に、個人的な体験談を記しておきたい。
 若い頃は、いろいろと無理をして命びろいしたことが多々あった。
振り返ってみると、その瞬間、瞬間に守護天使からの霊的救済、メッセージをもらっていたのだ。今は、感謝以外の何ものでもない。そのせいか、最近は年を老いたせいもあり無茶をしなくなった。気弱くなったと言えなくもない。
 水に溺れかかること幾度かあった。その度に、不思議と助け出されていた。命のやり取りをする瞬間と言うのは、スローモーション的に記憶に残るものだが、それと同時に、一種の切り離された空間と時間、特有の雰囲気に浸るような記憶が残るのである。
 あれはまだ夏のことだったろうか?疲労困憊していながらも、連休終わりの深夜、高速道路を東京に向かって走っていた。確か社用車を運転していたのだったが、早く帰宅したい気持ちもあって途中休憩もせずに、おおよそ時速100kmで二車線道路の左側をひたすら走っていた。深夜だったこともあり、ほとんど他の車には出あわなかった。このことも幸いしていた。長い単調な高速道路を運転していたせいで、いつの間にかうつらうつら居眠りをしてしまった。丁度、緩やかな下り勾配で左方向へ僅かにカーブしている場所だったろうか?ふと一瞬、気持ちよく眠ったかなーと思った瞬間、心の奥底から脳の天辺に「ピッ!(=起きろ!)」と、聞こえたような気がして、ハッ!と我に立ち返って目を覚まし、顔を上げて前方を見た。
中央分離帯の白いガードレールが目前にあり、見るのとほとんど同時に無意識にハンドルを左45度ぐらいに切った。その時の時速は、90kmを超えていたかと思われるが、かすかすでガードレールに激突せずに済んだ。その後、ただぼうぜんと運転していたが、目が冴えてしまったことは言うまでもない。
・・・いつの間にか、右側追い越し車線をまたいで斜行していった状態をしばらく眠りながら運転し、走行していたのだろう。
後で、いろいろと心を巡らしていた・・・そして、今も時々。

 かれこれもう20年も前の事だが、あの当時、他の車に接触することなく事故に至ることなくその後無事に帰れたのは、ひとえに「守護天使の呼びかけ」のお陰だったことは今でも忘れられない思い出の一つになっている。
 これをお読みになられた読者のみなさん、守護天使を大切にして下さい。極力、徳に反することはせず、善を行い、罪悪を避け、貞潔と慎み、感謝を忘れてはなりません。いつも、微笑みを絶やさず、朝夕の祈りと挨拶を守護天使にして下さい。それが、霊の交わりとなり、お互いの確かなコミュニケーションとなるのです。
 そうすれば、必要なお恵みが貴方の知らない時にも与えられ、備えられるようになるでしょう。かの日には、貴方の守護天使を実際その目で見ることにきっとなるでしょう。

 John del apocalypse 黙示録のヨハネ



【 参考文献 】
「天国と地獄の百科」/著者:ジョルダーノ・ベルティ
/翻訳:竹山博英,柱本元彦(発行:株式会社原書房)

バルバロ神父訳 「聖書」(講談社)
マリア・ワルトルタ 著 『 時の終わり 』 日本語翻訳版(抜粋)
 マリア・ヴァルトルタ「手記」抜粋 世紀末の黙示録

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著者:baramado
▼URL baramado 薔薇窓 ブログ
http://baramado.jugem.jp/
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